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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)240号 判決

名古屋市千種区今池3丁目9番21号

原告

株式会社三洋物産

同代表者代表取締役

金沢要求

同訴訟代理人弁理士

今崎一司

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

武井秀彦

奥村寿一

長澤正夫

主文

特許庁が平成2年補正審判第50087号事件について平成3年8月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

第1 当事者の求めた裁判

1 原告

主文と同旨の判決

2 被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用の負担は原告の負担とする。」との判決

第2 請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年12月8日にした特許出願(昭和57年特許願第215196号)から分割して、昭和60年12月21日、名称を「パチンコ機の配線構造」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和60年特許願第288249号)をしたところ、平成元年8月8日、拒絶理由通知があり、平成1年10月6日付手続補正書により特許請求の範囲及びその他の補正(以下「本件補正」という。)をしたが、平成2年7月9日、本件補正は明細書の要旨を変更するとして、補正却下の決定があったので、同年9月19日、審判の請求をし、平成2年補正審判第50087号事件として審理されたが、平成3年8月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年9月23日、原告に送達された。

2 本件補正前の本願発明の特許請求の範囲

遊技盤を前面枠に着脱自在に取付けたパチンコ機の配線構造において、遊技盤のランプ、役物等の電気部品からの配線をターミナルに集約するとともに配線を機構板とは別に設けた入賞玉集合カバーにより被覆して保護したことを特徴とするパチンコ機の配線構造(別紙図面参照)

3 本件補正後の本願発明の特許請求の範囲

遊技盤を前面枠に着脱自在に取付けたパチンコ機の配線構造において、遊技盤のランプ、役物等の各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設け、これら複数個の配線コネクタをターミナルに集約して接続するとともに、配線を機構板とは別に設けた入賞玉集合カバーにより被覆して保護したことを特徴とするパチンコ機の配線構造

4 審決の理由の要点

(1) 本願発明の本件補正前及び本件補正後の特許請求の範囲の記載は前2及び3記載のとおりである。

(2) 原決定における本件補正の却下の理由は、次のとおりである。

「補正後の特許請求の範囲に記載された「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設け、これら複数個の配線コネクタをターミナルに集約して接続する」点は、願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)又は願書に最初に添付した図面(以下「当初図面」という。)に記載されておらず、かつ、当初明細書又は図面の記載からみて、自明のこととも認められない。したがって、本件補正は、明細書の要旨を変更するものと認められ、特許法53条1項の規定により却下すべきものである。」

(3) そこで、当初明細書及び図面の記載をみると、本件補正に関連する事項として、ターミナル17の上方端子17aに基盤14から引き出された数本の配線コード16が接続され、ターミナル17の下方端子17bに各電気部品からの配線コード24が接続されることが記載されている。しかしながら、前記記載は、各電気部品の配線をターミナルに集約して接続する点が記載されているにとどまり、各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設ける点については記載されていない。

(4) これに対し、審判請求人(原告)は概要は次のとおり主張する。

「当初図面の第4図を当業者が見たときには、「ターミナル17がプリント配線基板又はジャンパー配線基板で構成され、それに設けられる配線コードを接続する端子17a、17bは、コネクタ又はハンダ付けによるものと考えられ、少なくともネジ止めによるものではない」ということと、「ターミナル17の上方端子17a及び下方端子17bが長方形状又は直方体状に突出して描かれていることにより端子17a、17bは、コネクタによるものと考えられ、少なくともハンダ付けによるものではない」ということを理解するものであり、このことから、ターミナル17に設けられる上方端子17a及び17bは、コネクタ形式のものであり、該端子17a、17bがコネクタ形式のものであることにより、それに接続される配線コード16、24の先端にもコネクタが止着されているということになる。

したがって、「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設け、これら複数個の配線コネクタをターミナルに集約して接続する」という本件補正は、当初図面の第4図に記載された事項からみて当業者にとって自明のことといわざるをえない。」

しかし、第4図を見ても、ターミナル17がプリント配線基板又はジャンパー配線基板で構成されているものと断定できるものではなく、また、上方端子17a及び下方端子17bが長方形状又は直方体状に突出して描かれているにしても、そのことから端子17a、17bがコネクタ形式であると直ちにいうことはできない。仮に、これらがコネクタ形式であるものとみても、図示の17a及び17bが配線コードの先端部分に止着されたコネクタであるのかあるいはターミナル側のコネクタであるのか特定できるものでなく、まして、それらが各電気部品の配線に対して個々に設けられたものであるとは到底みることはできない。

結局、当初明細書及び図面の記載からは、端子17a、17bがコネクタ形式のものであるということが、可能性の一つとしてあり得ると認められるにとどまるものであって、それらが、明らかにコネクタ形式のものであると認めさせるに充分な根拠を見出すことはできない。

以上のとおり、本件補正は、「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設ける」という本願発明の構成要件に対応する作用効果である「電気部品ごとの交換を容易に行うことができる」の記載を追加する補正を含むのであるが、そのような作用効果を期待して「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設ける」という技術思想が当初明細書及び図面に記載してあったとも、あるいは、それらの記載から自明に把握できるものとも認めることができない。

(5) したがって、本件補正は、明細書の要旨を変更ものであり、特許法53条1項の規定により却下すべきものとした原決定は妥当なものである。

5 審決の取消事由

審決は、当初明細書及び図面には、本件補正に係る「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設け、これら複数個の配線コネクタをターミナルに集約して接続する」との構成が記載されておらず、また、当業者にとって自明でもないと誤って判断し、もって、本件補正を明細書の要旨を変更するものと判断したもので、違法であるから取消しを免れない。

(1) 審決は、当初図面の第4図のターミナル17がプリント配線基板又はジャンパー配線基板で構成されていると断定することはできないと判断している。

しかし、当初明細書の「そして電子制御回路を組込んだ基盤(14)からボックス(15)の外に引き出された数本の配線コード(16)が前記ターミナル(17)の上方端子(17a)に集約して接続されている。前記ターミナル(17)を中継としてターミナル(17)の下方端子(17b)から配線コード(24)が入賞チャッカー(10)のスイッチ(9)や電動入賞装置(12)の電気的駆動装置(11)に接続される。」(5頁9行ないし16行)との記載を参酌して第4図を見れば、ターミナル17が電子制御回路を組み込んだ基盤14から引き出された数本の配線コード16とスイッチ9や電気的駆動機構11の電気部品に対応する配線コード24とを中継する機能を有するものであることを理解することができる。

そして、中継機能を有するターミナルとして、「一方の端子に接続される配線と他方の端子に接続される配線とが1対1に対応して単に中継する端子盤」と「一方の端子に集約して接続される配線と他方の端子に分岐して接続される配線とを分岐中継するプリント配線基板又はジャンパー配線基板」とがあることは当業者には明らかである。

そして、第4図に示されるターミナル17においては、電子制御回路を組み込んだ基盤14から引き出された数本の配線コード16に接続可能な一つの長方形状の上方端子17aが設けられ、スイッチ9や電気的駆動機構11の各電気部品に対応する配線コード24に接続可能な複数の直方体状の下方端子17bが設けられていることが明らかであるから、ターミナル17はプリント配線基板又それに準ずるジャンパー配線基板で構成されて分岐中継するものであることは、当業者が容易に理解するものである。

(2) そして、審決は、上方端子17a及び下方端子17bが長方形状又は直方体状に突出して描かれていることから直ちにそれらがコネクタ形式であるということはできないと判断する。

しかし、当業者は、プリント配線基板又はジャンパー配線基板に設けられ、かつ長方形状又は直方体状に突出して描かれるものとしてはコネクタを思い浮かべるものであり、それ以外の配線接続技術を思い浮かべることは困難である。

なお、はんだ付けによる接続方法をとった場合、凸状に肉盛されたように描かれるのが普通であり、また、ねじによる接続方法をとった場合、その頭部の「+」、「-」が描かれるかどうかは別として、少なくとも 回転可能な凸状の頭部の下面に配線が接続されるように描かれるのが普通である。

被告は、配線の端子への接続方法として、はんだ付けやねじによるものもあり、ねじによる場合、その上部に保護カバーが設けられるときは直方体状に描かれることもあるとして乙第1号証ないし第5号証を提出する。

確かに、それらには保護カバーにより、端子台全体が所定の厚みを有する直方体状に描かれているが、本願発明の第4図の示すように、肉厚の薄い平板状に描かれたターミナル17の上部と下部に長方形状と直方体状の突起が描かれる態様とは明らかに異なるものであり、これらは、むしろ、本願発明のターミナル17がねじにより接続される端子台とは異なることを教示しているものである。

(3) 更に、審決は、17a及び17bがコネクタ形式であるとみても、これが配線コードの先端部分に止着されたコネクタであるのか、あるいはターミナル側のコネクタであるのか特定もできず、まして、それらが各電気部品の配線に対して個々に設けられたものであるとみることはできないと判断する。

しかし、17a及び17bがコネクタ形式のものであるとすれば、それが配線コードの先端部分に止着されたコネクタであれ、あるいはターミナル側のコネクタであれ、一方がコネクタであればそれに接続される他方も必ずコネクタであって、雌雄1組のコネクタを使用するのは配線接続技術にとって極めて自明のことである。

また、基盤14から引き出された配線コード16が集約される上方端子17aが一つの長方形状に描かれており、一方、各電気部品の配線24が接続される下方端子17bが小さな直方体状のものを横方向に並列した状態で描かれているが、これらをコネクタ形式のものとする限り、下方端子17bにおける一つの直方体状のものが各電気部品の配線24に対応するコネクタであると当業者は自然に理解するものである。

(4) なお、本件出願当時、パチンコの遊技盤における配線接続においてはコネクタを用いる技術水準に達していたこと、そして、特許出願に際して、コネクタは、図面において直方体状あるいは長方形状に描かれることは甲第7号証ないし第12号証により明らかであり、また、各電気部品から伸びる配線の先端に少極型コネクタを設ける技術は、甲第14号証ないし第15号証の2のとおり、本件出願前から公知であった。

(5) 以上のとおり、審決がその理由において示した判断はすべて根拠がないものであり、原告の主張するとおり、第4図をみた当業者は、そこには「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設け、これら複数個の配線コネクタをターミナルに集約して接続する」構成が記載されていると理解するものである。

したがって、本件補正は明細書の要旨を変更するものではない。

第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張

1 請求の原因1ないし4は認める。

2 同5は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1) 原告は、ターミナル17はプリント配線基板又はジャンパー配線基板であると主張する。

中継機能を有するターミナルとして、「一方の端子に接続される配線と他方の端子に接続される配線とが1対1に対応して単に中継する端子盤」と「一方の端子に集約して接続される配線と他方の端子に分岐して接続される配線とを分岐中継するプリント配線基板又はジャンパー配線基板」とがあることが当業者には明らかであることは認めるが、原告の主張する上方端子17a及び下方端子17bの形状等は、何らターミナル17がプリント配線基板又はジャンパー配線基板であることの根拠になるものではない。

(2) 原告は、プリント配線基板又はジャンパー配線基板に設けられ、かつ長方形状又は直方体状に突出して描かれるものはコネクタである旨主張するが、このことも全く根拠のないものである。

配線の端子への接続方法としてコネクタ以外にもハンダ付けやねじによるものが存在するのであり、そのような接続方法を採用する端子の形状を長方形状あるいは直方体状に描いたところで何ら不自然さはない。

また、乙第1号証ないし第5号証から明らかなとおり、端子は、ねじによるものであっても、その上部に保護カバーが設けられる結果、直方体状に描かれる場合もあるのである。

(3) 配線コネクタが雌雄1組のコネクタ要素より成ることが自明であることは原告主張のとおりであるが、17bとして長方形状に描かれたものがコネクタと仮定しても、これはどちらの側に属するコネクタ要素であるか不明であり、そもそも、そのように具体的構造が明らかとはならないのであるから、それが各電気部品の配線に対して個々に設けられたものか否か判断することはできないものである。

なお、原告は、本件出願当時、パチンコ機の遊技盤の配線接続においてはコネクタを用いる技術水準に達していたとして甲第7号証の1ないし12号証を提出するが、そのうち甲第7号証の1ないし第9号証の公報は、本件出願後に公開されたものであり、本件出願当時の技術水準を判断する資料たりえない。

そして、甲第10号証ないし第12号証の公報では、それぞれ、図面において長方形状又は直方体状に描かれているものがコネクタであることを明記しているのであり、また、甲第14号証及第15号証の1、2も、明細書においてコネクタであることを明記しているものである。

このことからすると、コネクタであることの記載のない17a及び17bについてその形状からこれがコネクタであることが当業者にとって自明であるとはいえないものである。

甲第13号証の1、2は本件出願前に頒布されたものとはいえず、また、同号証の1は、電気部品の配線とは関係がない。

第4 証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件補正前の本願発明の特許請求の範囲)、同3(本件補正後の本願発明の特許請求の範囲)、同4(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願並びに添付の明細書及び図面)によれば、当初明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果として次のとおり記載されていることを認めることができる。

(1)  本願発明は、遊技盤を前面枠に着脱自在に取り付けたパチンコ機の配線構造に関する。

従来、パチンコ機の遊技盤に取り付けられるランプ、役物等の電気部品からの配線は一箇所に集約されることなく、ばらばらに遊技盤裏面に露出した状態に配線されていた。

しかし、このように多数の配線がばらばらに露出していると、完成した遊技盤の取扱い、例えば、遊技盤の保管や輸送をする際に配線を何かに引っ掛けたり、傷めたりするといったおそれがあった。

また、遊技場で機枠に取り付けた遊技盤に機構板を組付ける際、前記配線が邪魔となって、組付作業、保守作業に手間どることがあり、さらに配線を傷める心配があった。

本願発明は、このような事情に鑑み、パチンコ機の遊技盤に取り付けられるランプ、役物等の電気部品の配線をターミナル一箇所に集約すると共に配線を保護することにより、遊技盤の輸送や保管において配線を傷めることなく、また機構板の組付作業や保守作業に手間どらず、さらに配線を傷めることのないパチンコ機の配線構造を提供することを技術的課題(目的)とする(1頁13行ないし3頁1行)。

(2)  本願発明は、前記の技術的課題(目的)を達成するため、請求の原因2記載の本件補正前の特許請求の範囲の構成を採用した(1頁5行ないし10行)。

(3)  本願発明は、入賞玉集合カバーを設けることによって遊技盤裏面に取り付けられる電気部品の配線を外部から保護することができ、しかも、配線がターミナルに集約されているので入賞玉集合カバーの装着が行いやすく、さらに集約された配線と回路基板との配線も行いやすいという作用効果を奏する(3頁11行ないし17行)。

2  これに対し、成立に争いのない甲第3号証(手続補正書)によれば、本件補正は当初明細書に記載された本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果を次のとおり補正し、かつ当初図面の第3図の電動入賞装置に符号12を付する補正をしたものであることを認めることができる。

(1)  本願発明は、遊技盤の前面枠に着脱自在に取り付けたパチンコ機の配線構造に関する。

従来、パチンコ機の遊技盤に取り付けられるランプ、役物等の電気部品から配線を入賞玉集合桶を構成する裏側枠の被覆板に窓孔を開設し、電気部品からのリード線と電源からのリード線とを多極の雄雌型のコネクタで接続し、窓孔を通して配線する構造のものが知られていた(昭和56年実用新案出願公告第37750号公報)。

しかし、このような多極の雄雌型のコネクタを使用した配線構造の場合には、遊技盤裏面に取り付けられた各電気部品を個々に交換しようとすると、配線の付け替え等の面倒な作業が必要となり、部品交換等の保守作業は大変手間がかかるという問題があった。

そして、パチンコ機に使用される入賞装置、ランプ等の各種電気部品は、その使用頻度も多く、また連続して使用されるために故障による個々の部品交換も多々生じる。

本願発明は、このような事情に鑑み、パチンコ機の遊技盤裏面に取り付けられるランプ、役物等の各電気部品が故障した場合の保守作業を簡単でしかも迅速に行うことができ、また遊技盤裏面の煩雑な配線を整理した状態にまとめておくことができ、さらに配線を傷めることの少ないパチンコ機の配線構造を提供することを技術的課題(目的)とする(1頁14行ないし3頁6行)。

(2)  本願発明は、前記の技術的課題(目的)を達成するために請求の原因3記載の本件補正後の特許請求の範囲の構成を採用した(1頁5行ないし11行)。

(3)  本願発明は、各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設けていることにより、電気部品ごとの交換を容易に行うことができ、また、これら複数個の配線コネクタをターミナルに集約して接続することによって遊技盤裏面の複雑な配線を整理しておくことができ、また、入賞玉集合カバーを設けることによって遊技盤裏面に取り付けられる電気部品の配線を外部から保護することができ、しかも、配線がターミナルに集約されているので入賞玉集合カバーの装着が行いやすいという作用効果を奏する(3頁19行ないし4頁10行)。

3  前記1及び2の事実によれば、本件補正は、補正前の特許請求の範囲中の「電気部品からの配線をターミナルに集約するとともに」との記載を「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設け、これら複数個の配線コネクタをターミナルに集約して接続するとともに」との記載に補正し、これに伴い明細書の発明の詳細な説明及び図面を前記のとおり補正するものであるところ、原告は、「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設ける」という技術思想が当初明細書及び図面に記載してあったとも、それらの記載から自明とも把握できないことを理由に、本件補正をもって明細書の要旨を変更するものであるとした審決の判断が誤りであるとして、審決の取消しを求めるので、以下この点について検討する。

まず、原告は、本願発明におけるターミナル17はプリント配線基板又はジャンパー配線基板であり、当初図面の第4図に上方端子17a及び下方端子17bが長方形状又は直方体状に描かれていれば当業者はコネクタを思い浮かべるものであり、それ以外の配線接続技術を思い浮かべることはない旨主張する。

前掲甲第2号証によれば、当初明細書には、ターミナル17に関し、「遊技盤(3)の裏面には第4図に示すように入賞玉集合カバー(13)の上部にターミナル(17)が設けられている。そして電子制御回路を組込んだ基盤(14)からボックス(15)の外に引き出された数本の配線コード(16)が前記ターミナル(17)の上方端子(17a)に集約されて接続されている。前記ターミナル(17)を中継としてターミナル(17)の下方端子(17b)から配線コード(24)が入賞チャッカー(10)のスイッチ(9)や電動入賞装置(12)の電気駆動機構(11)に接続される。」(5頁7行ないし16行)と記載されていること、第4図にはターミナル17として長方形状の薄い盤が描かれ、その上部に上方端子17aが長方形状に、その下部には下方端子17bが直方体状のものが並列したように描かれていることを認めることができる。

第4図のターミナル17の描き方からすると、これが絶縁基板に導体パターンを導電性材料で形成固着したものであるプリント配線基板やこれに準ずるジャンパー配線基板と見ることは不可能ではないが、配線における中継機能を果たさせるため単に多数の端子が集約して設けられ長方形状の盤にすぎないとみることも可能である(当初明細書に記載された本願発明の技術的課題や作用効果からすれば、後者のものであって一向に差し支えない。)。

したがって、ターミナル17が単に配線における中継機能を果たさせるため多数の端子が集約して設けられた長方形状の盤ではなく、プリント配線基板又はジャンパー配線基板であることが当業者にとって自明であるとまで認めることはできない。

しかし、このことは、ターミナル17に描かれた上方端子17a及び下方端子17bがコネクタであることを当然には否定しない。

むしろ、ターミナル17をプリント配線基板又はジャンパー配線基板とみようと、あるいは単なる配線における中継機能を果たさせるため単に多数の端子が集約して設けられた長方形状の盤とみようと、そこに配線コードと接続して長方形状又は直方体状に突出して描かれたものがコネクタであることは、それがコネクタを斜視図に示す場合の通常の方法であって、第4図に示された配線構造からみて、各電気部品の配線コード24の先端にコネクタが設けられていると理解するのが極めて自然であること、及び後記認定のとおり本件出願前の実用新案登録出願や特許出願の願書添付の図面にパチンコ機の遊技盤の電気部品の配線に用いるコネクタを直方体状に描いた例があることに照らし、当業者にとって自明であるというべきである。

被告が可能性があると主張するコネクタ以外の配線接続方法であるハンダ付けあるいはねじによる方法では、単に配線コードを実線で示すだけに止めるか、あるいは○、●等で描くことはあっても、長方形状あるいは直方体状に描かれることは考えられない(それはあまりにも実際の接続方法とは掛け離れた形状となる。)。

これに対し、被告は、乙第1号証ないし第5号証を提出して、ねじによる接続方法をとった場合でも、その上部に保護カバーが設けられたときは、直方体状に描かれることがある旨主張する。

成立に争いのない乙第1号証(昭和51年実用新案出願公開第58889号公報)、第2号証(昭和52年実用新案出願公開第85191号公報)、第3号証(昭和53年実用新案出願公告第6064号公報)、第4号証(昭和53年実用新案出願公告第31423号公報)及び第5号証(昭和52年特許出願公告第42475号公報)によれば、各公報にはカバー付のねじによる端子台や端子箱が記載されており、それらは直方体状又はそれに近い形状に描かれていることを認めることができる。

しかし、本願発明においては、配線の中継機能を果たす薄い長方形状のターミナル17の上方端子17aを薄い長方形状のもの、下方端子17bを厚みのある直方体状のものという異なった形状に描かれているのであるが、上方端子17aとして長方形状に描かれているものはその薄さからして端子のカバーとみることは困難であり(前掲乙第1号証ないし第5号証に記載されたカバーでこれに類似するものは見当たらない。)、これはターミナル17の上部より差し込むコネクタとみるのが自然であるし、また、上部端子17aがコネクタであるとき、17bをねじによる端子であって、そのカバーが直方体状に描かれているとみることも不自然である。

したがって、当業者は17a及び17bをみてこれを端子のカバーとみるのではなく、コネクタとみるのが普通であると認められる。

因みに、成立に争いのない甲第7号証の2(昭和56年実用新案登録願第133579号(昭和58年実用新案出願公開第40187号公報)の願書並びに添付の明細書及び図面のマイクロフィルム)によれば、同実用新案登録願は、名称を「パチンコ機における電気的制御装置の取付け構造」(願書4行、5行)とする考案に係るものであるが、明細書の考案の詳細な説明に「電気的制御装置31と中央打球入賞装置11など各電気的作動機器とを電気的に接続するには、各電気的作動機器、具体的には電磁ソレノイド17、ランプ13’、検出器21等直接電気信号を出入力する部品から延出した接続線51・・・の先端に各々コネクタ52・・・を設け、これらコネクタ52・・・を電気的制御装置31の所定の接続端子34・・・に嵌める。」(10頁14行ないし11頁1行)と記載されており、第7図においてコネクタ52が直方体状に描かれていることを認めることができる。

また、成立に争いのない甲第14号証(昭和56年特許出願公開第80277号公報)によれば、同公報は名称を「パチンコ機の変動入賞装置」(1頁左上欄1行)とする発明に係るものであるが、発明の詳細な説明に「コネクタ28はパチンコ機の裏面機構の一部に設けられた制御回路に接続され、例えば遊技盤の上部中央に設けられた特定入賞口に遊技球が入ったときこれを検出する入賞検出器の検出出力によって電磁石20のコイル26に対する励磁電流の極性を反転させるようになされている。」(3頁右上欄8行ないし13行)、「このとき入賞検出器45が動作して入賞検出信号をコード47を介しさらにコネクタ48を介して制御回路に送出する。」(4頁右上欄7行ないし10行)と記載されており、第4図にはコネクタ28が、第5図にはコネクタ48がそれぞれ直方体状に描かれていることを認めることができる。

なお、成立に争いのない甲第8号証(昭和56年実用新案登録願第142672号に係る平成2年実用新案出願公告第49756号公報)、第9号証(昭和56年実用新案登録願第171468号に係る昭和58年実用新案出願公開第77779号公報)、第11号証(昭和52年実用新案出願公開第171376号公報)、第12号証(昭和55年実用新案出願公開第95782号公報)、第15号証の1(昭和55年実用新案出願公開第93379号公報)及び同号証の2(昭和55年実用新案登録願第172296号に係る平成1年実用新案出願公告第27829号公報)によれば、これらの各公報には前掲甲第7号証の2及び第14号証と同様な直方体状のコネクタが示されているが、これらの考案は全て前掲甲第7号証の2の公報の考案と同一人の考案に係るものであることが認められ、また、成立に争いのない甲第10号証(昭和48年実用新案出願公開第7176号公報)によれば、この考案では、パチンコ機の遊技盤のランプ、役物等の電気部品の配線自体にコネクタを用いたものか否か明らかではない。

以上によれば、原告提出の証拠だけからは、本件出願当時、パチンコ機の遊技盤のランプ、役物等の電気部品の配線においてコネクタを用いることが通常の技術であるとまで認めることができないが、本件出願前においてパチンコ機の遊技盤のランプ、役物等の電気部品の配線においてコネクタを用い、それを図面において直方体状に描いた実用新案登録出願や特許出願の例があることは、前認定の本願発明の17a及び17bがコネクタであることの一つの裏付けにはなるというべきである。

なお、審決は、17a及び17bをコネクタとみてもこれらが配線コードの先端部分に止着されたコネクタであるのか、あるいはターミナル側のコネクタであるか特定できないとするが、コネクタは雌雄1組から構成されていることは技術常識であり、17a及び17bはそのうちのいずれかであることは明らかであり、それが特定されていないことは17a、17bをコネクタであるとみることの妨げにはならない。

そして、前認定の当初明細書のターミナル17に関する記載と、第4図に17bとして配線が接続した直方体状のものが横方向に並列した状態で描かれていることからすると、下方端子17bのコネクタは入賞チャッカーのスイッチや電動入賞装置等の各電気部品の配線に個々に設けられているものとみることができる。

また、コネクタを各電気部品の配線に対し個々に設ければ、その程度はともかく、そうでない場合に比して電気部品ごとの交換が容易となることは当然である。

以上のことからすると、本件補正に係る「各電気部品の配線に対して個々に配線コネクタを設け、これら複数個の配線コネクタをターミナルに集約して接続する」構成は、当初明細書及び図面から当業者にとって自明のものであったと認めることができる。

したがって、本件補正は明細書の要旨を変更するものではないというべきである。

4  以上のとおり、審決が本件補正が明細書の要旨を変更するとしてこれを却下した原決定を相当と判断したことは誤りであり、原告の審決の取消事由の主張は理由がある。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面

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